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タンゴ

2007.07.02(06:13)
原題 Tango
1992年 フランス
製作 フィリップ・カルカッソンヌ、ルネ・クレトマン
脚本 パトリス・ルコント、パトリック・ドヴォルフ
監督 パトリス・ルコント
撮影 エドゥアルド・セラ
音楽 アンジェリーク・ナション、ジャン・クロード・ナション
主演 フィリップ・ノワレ、リシャール・ボーランジェ、ティエリー・レルミット、ミュウ・ミュウ、ジュディット・ゴドレーシュ


パトリス・ルコントという映画監督の渾身の一作であると思います。

ストーリーは、妻に浮気がばれて愛想をつかされて、妻が家出してしまった男ポール(ティエリー・レルミット)が、その妻のマリー(ミュウ・ミュウ)を愛しすぎたために、「もう、妻を殺すしかない」と考えるところから物語は始まります。

ポールは、叔父のエレガン(フィリップ・ノワレ)に相談すると、飛行機乗りのヴァンサン(リシャール・ボーランジェ)を紹介されて、3人の男たちが一緒になって、ポールの妻を追跡するという話です。

ブラック・ユーモアが映画の隅々まで行き渡っているような感じではありますが、このタンゴという映画に与えている特徴というのは、一つのフランス的エスプリというものなのでしょう。

特に、ポールが叔父のエレガンと一緒に、ヴァンサンを初めて訪ねるシーンで、ヴァンサンが釣り糸をつけないで釣りをしているシーンなど、、、なかなか洒落たものです。

映画の全体で話をすると、この映画はロードムービーであり、狂気の愛という重いテーマを扱った作品ながら、どこかのんびりとした、時にはふざけたテイストをもっている作品であります。
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エリザ

2007.06.28(23:43)
原題 Elisa
1995年 フランス
製作 クリスチャン・フェシュネール
脚本 ジャン・ベッケル、ファブリス・カラゾ
監督 ジャン・ベッケル
撮影 エティエンヌ・ベッケル
音楽 ズビグニエフ・プレイスネル、セルジュ・ゲンズブール、ミシェル・コロンビエ
主演 ヴァネッサ・パラディ、ジェラール・ドパルデュー、クロチルド・クロー、セクー・サル

この映画を観ると、現代フランス社会というものの暗部を垣間見ることができます。

ストーリーは、孤児院で育った少女マリー(ヴァネッサ・パラディ)が、父親を探す旅に出るという話です。

ジェラール・ドパルデューが父親の役をやっており、年老いたピアノ弾きの役を熱演しています。

親子の愛情というものが映画全体のテーマになっていますが、それだけではなくて、貧困の問題であるとか、フランス社会における移民の問題といったものが、うまく描かれていて作品全体は様々なテーマを一度に扱った非常に深い映画になっています。

愛情と憎しみというものは表裏一体であるということを、この映画はよく伝えていて、ただ、この映画に救いがあるのは、主人公の少女マリーが悲劇の人生を送りながらも、父親を探す旅を続ける過程で、人間に対する信頼をだんだんと取り戻していく、というところにあるのでしょう。
主人公の少女マリー(ヴァネッサ・パラディ)が、父親と会うことによって、それまで男は自分の思いのままであると思っていたのが、老練の父親にちょっと振り回されるといった部分は、この映画の中々の見所部分であって、興味深い点ではあります。

つまり、少女マリーは父親と出会う前には、完全に男性を鼻からなめてかかっていて、交際する男性は金ズルぐらいだとしか思っていなかったのが、父親はその少女の悪徳を上回るほどの人生経験の持ち主であって、少女の最初の目論見通りにことが運ばないというところが面白いのです。
その一方で、だらしがなく、とんでもない父親に対して、だんだんと心を開いていく、少女マリーの心の動きの描写といったものも、とてもうまく描かれています。

また、ジェラール・ドパルデューはこの映画で、実に味のある演技というものをしており、無骨ながら、気取りや気張りといったものを一切感じさせない、人生の酸いも甘いもかみわけたオヤジといったオヤジ像を、非常にうまい演技で提示しています。
実にいい映画です。

観終わったあとに心に残る映画という意味では、このエリザという映画ほど、人の心の中に入ってくる映画はないでしょう。商業映画という枠をある種、超えていると思います。
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サム・サフィ

2007.06.28(10:01)
原題 Sam Suffit
1992年 フランス 日本
製作 ミシェル・プロペール
監督 ヴィルジニー・テヴネ
撮影 ジャン・フランソワ・ロバン
音楽 キザイア・ジョーンズ
主演 オーレ・アッティカ、フィリップ・バートレット、ロッシ・デ・パルマ


この映画は実にフランス的な映画であり、またなおかつ、真にフランスというものを体現した映画であると思います。

バルセロナで自由奔放な生活を送るエヴァ(オーレ・アッテカ)は、「普通の生活ってどんなだろう?」という疑問を抱き、パリで家政婦や、事務員の職業などを経験しながら、「普通の生活」というものを探っていきます。

エヴァの周りには、芸術家のゲイの男や、風変わりな友人ばかりです。そんな環境の中で、また、パリで職を求め、一人暮らしをし、賃金労働に勤しむ過程を通じ、芸術家からみた普通の生活というものが浮き彫りにされていきます。

こういった趣向の映画は実に肩が凝らなくていいですね。常識にとらわれないエヴァの生き方というものが、映画を観る人にちょっとした刺激を与えると思います。

女性の一つのお洒落な生き方として、この映画が上映された当時、「サム・サフィ現象」という現象を巻き起こしたということですが、真偽のほどは私はよく知りません。

このサム・サフィで、映画の中で、金魚蜂の中で金魚を飼っているシーンがあって、エヴァが「金魚蜂の中が殺風景で可愛そうだ」といって、金魚蜂の中に家具のミニチュアをこしらえるというシーンがあるのですが、あれなど、実にフランス的でキッチュな趣向でいいと思いました。

世間の因習にとらわれない生き方であったり、新しい表現というものは、現代はとても難しくなっていると思います。というのは、たいていのことがやり尽くされたという感があって、何か突飛なことをやろうとしたところで、もうすでに誰かがやってしまっているという、そういった停滞感の中で、非常に矮小な表現というものがこの現代社会を覆っていると思われます。

そういった閉塞した現代ではありますが、このサム・サフィという映画をみると、芸術というものの本来のあり方というものが非常に素朴でありながらも、直接的な形でわかりやすく観る人に伝わってくる、そんなすぐれた映画だと思います。
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恋の邪魔者

2007.06.27(14:41)
原題 Viens chez moi  j'Habite chez une copine
1980年 フランス
製作 クリスチャン・フエシュネール
脚本 パトリス・ルコント、ミシェル・ブラン
監督 パトリス・ルコント
撮影 ベルナール・ジツェルマン
音楽 ルノー
主演 ミシェル・ブラン、ベルナール・ジロドー、テレーズ・リオタール、アネモーヌ


パトリス・ルコントの映画の中でも、この恋の邪魔者は映画監督、パトリス・ルコントの精神史というものを考える点で非常に重要な作品なのではないかと思います。

ミッシェル・ブランが職を転々とする女性にだらしがない主人公を演じていて、その親友を巻き込んだ喜劇になっています。

この映画の魅力としては、フランスのパリの日常というものをあますところなく伝えているというところであり、パリが好きな人であれば、また、パリに強い憧れをもっている人であれば、それだけでもみる価値がある映画であるといえるでしょう。

この映画の公開当時、フランスで70万人を動員する大ヒットを記録した映画ですから、それだけパリ市民の日常生活、また、フランスの精神というものを体現していたということでしょうから、フランスを理解する上でも役に立つ映画であるに違いありません。

後期のパトリス・ルコントの作品と比較すると、かなり芸術色というものは抑えられていて、完全な商業映画という感じではありますが、それにもかかわらず、いや、それだからこそ、市井の人々を映画という手段を用いて描ききったその才能というものに脱帽するしかないのです。

パトリス・ルコントという監督が、冷静な目で当時のパリ社会というものを実によく観察し、その観察の中からああいった咀嚼しやすい、高級な娯楽映画が生まれたのだと思います。

また、パトリス・ルコントという人の、暖かい人間観、すなわち、人間をみる目というものが実に優しいということが、この恋の邪魔者という映画から実によく伝わってくるのです。

ルコントの諸作品を理解する上での重要な鍵になる作品ではないかと思います。
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仕立て屋の恋

2007.06.27(04:42)
原題 Monsieur Hire
1989年 フランス
製作 フィリップ・カルカッソンヌ、ルネ・クレトマン
脚本 パトリス・ルコント、パトリック・ドヴォルフ
監督 パトリス・ルコント
撮影 ドニ・ルノワール
音楽 マイケル・ナイマン
主演 ミシェル・ブラン、サンドリーヌ・ボネール、


この映画は、切ない孤独な男の愛を綴った物語です。

ストーリーは、のぞきをして仕立て屋の男(ミッシェル・ブラン)が、のぞきをされていた女(サンドリーヌ・ボヌール)と知り合い、屈折した愛情を女に捧げるという物語です。ミッシェル・ブランが素晴らしい演技をしていて、孤独な男という役柄と、偏執的なちょっと気持ち悪い感じの表情というのを巧みに演出しています。

この役柄のミッシェル・ブランをみると、とても「恋の邪魔者」に出ていた同じ人物だとは思えないほどの素晴らしい演技力というものを感じました。

物語本体の話でいうと、パトリス・ルコントというひとは、人間の自意識を解剖するということが実にうまい監督であるという按配で、映画の中の仕立て屋の男が気持ち悪ければ気持ち悪いほど、また、彼が近所の人々から嫌われていればいるほど、この仕立て屋の男の心情というものが実によく伝わってくるというものでした。

要するに、仕立て屋を、「人間嫌いの偏屈」という人物に外見上はみせていて、偏屈ゆえに一般社会からは疎外されていますが、実は非常に誠実な心根をもった人物という風に描いています。
この仕立て屋の恋の、仕立て屋のような人物は意外とこの世の中に多く存在するのではないかと推察されます。すなわち、自己の感情を表現したり、自分の意見を言うことが苦手な人物、普通、コミュニケーションが苦手な人などといわれます。

もちろん、そうした人物のすべてが、コミュニケーションが下手だけれども、徳が高く、誠実な人間であったりするわけではありません。

しかし、パトリス・ルコントがこの仕立て屋の恋で描こうとしたのは、そうした目に見えない部分、人間の心の内奥の心理状態だったのではないかと思うのです。

この映画をみて、暗い映画であると一言で済ませてしまうことも出来ますが、それでも、共感する人々はきっと多いに違いないと思うのです。それだけ、他人に対して自分自身の気持ちを伝えるということは困難を極めることであるし、ちょっとした誤解というものが人間関係を破壊したり、とりかえしのつかないことになったりするものだからです。
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