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都会のアリス

2007.06.26(23:18)
原題 Alice in den Stadten
1973年 ドイツ
製作 ヨアヒム・フォン・メンゲルスハオゼン
脚本 ヴィム・ヴェンダース、ファイト・フォン・フェルステンベルク
監督 ヴィム・ヴェンダース
撮影 ロビー・ミュラー
主演 リュディガー・フォーグラー、イエラ・ロットレンダー


これはヴィム・ヴェンダースのロードムービーですが、実に味わいの深い映画であると思いました。

主人公は旅行記を書くためにアメリカを放浪していたドイツ人作家で、アメリカの空港でドイツ人親子と遭遇するところから物語はだいたい始まります。

ドイツ人の娘は、母親と離れ離れになってしまって、そのドイツ人作家が一緒に旅をしながら母親を探すという話です。

実に淡々とした映画です。しかし、使われている音楽というのも哀愁があって、いい意味で暗く、切なく、映画をみおわったあとに、旅に出たくなるそんな映画です。

この映画の最初のほうのシーンで、主人公のフィリップが、アメリカを車で旅するシーンはアメリカを車で旅行することの意味を十分に味合わせてくれるものです。

中でも、おそろしく、皮肉めいたシーンがあって、フィリップがモーテルの部屋で、つけていたテレビのCMがくだらないといって、テレビを壊してしまうシーンがあります。

さすが、ヴィム・ヴェンダースは、ナンセンスというものをよく理解しているなあと、そんな気がしました。テレビを壊すという行為は粗暴でありますけれども、ヨーロッパ人からのアメリカの物質文明に対する批判というものが、とてもよく伝わってくるシーンなのです。

そして、フィリップは旅の間中に、インスタントカメラを使って旅の風景をずっと撮影するという行為をするのですが、ああやってインスタントカメラで撮るというのが何だか芸術的だなあという気がしました。

自分で撮った写真を砂浜に並べながら、ぼんやりと過ごしているフィリップのシーンがありましたが、あれなど、旅そのものですね。まさしく、放浪の旅といった風で、一人旅の切なさ、楽しみというものがよく伝わってくるシーンでした。

映画全体の特徴をあげるとすれば、これはモノクロ映画なんですが、モノクロだからこそ生まれる味わいというのがあるんですね。モノクロではなくて、カラーの映画であったら、ちょっと違ったものになってしまったに違いありません。

また、フィリップと子供の心の交流に関しては、これはもう筆舌に尽くしがたいといった風で、というのは、「うまい」の一言で言い表すしかありません。ヴィム・ヴェンダースは実にうまく子供を描いたと思います。

子供というものはある種、大人の側面というものをかなりもっており、大人が知らないだけであって、子供は大人の世界というものをよくしっているのだ、というメッセージをヴェンダースはあの映画を通して実によく伝えたものだと感心しました。
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まわり道

2007.06.26(23:12)
原題 Falsche Bewegung
1975年 西ドイツ
脚本 ペーター・ハントケ
監督 ヴィム・ヴェンダース
撮影 ロビー・ミュラー
音楽 ユルゲン・クニーパー
主演 リュディガー・フォーグラー、ハンナ・シグラ、ナスターシャ・キンスキー


実に興味深い映画です。

若者が旅に出て、自分自身を発見していく過程を描いた映画ですが、この「自分探しの旅」というテーマを真正面から掘り下げた映画というのを私はほかに知りません。

ドイツのある青年(リュディガー・フォーグラー)が作家になるために旅に出るというあらすじであり、文学や旅を愛する人にとってもこの映画はきっと好きになるに違いないと思われます。
ドイツの風景というものが映画によくあらわれていて、この映画を観たときに、「ああ、ドイツの空というのは、なんて憂鬱な空だろう」という感想をもちました。

私は学生の頃、実際にドイツの空が本当に憂鬱な色をしているかどうかを確かめるために、ドイツのシュツットガルトに行きました。

そこで本当に空の色が憂鬱であることを確かめたときに、ヴィムヴェンダースという映画監督の真の凄さというものを再発見したことを覚えています。(空の色が憂鬱かどうか感じるのはあくまでも主観の話でありますから、これはこれで私個人の感想です。まあ、観た映画を通じて現実のシーンの様々なことを確かめてみたくなる、そんなことも若いうちはあることでしょう。)
このまわり道という映画では、ドイツ的であるとはどういうことか?ということが事細かに表現されていて、ドイツ的不安とか、ドイツ的孤独といったものが映画の中のセリフ、登場人物にうまくあらわされています。

また、ナスターシャ・キンスキーはこの映画において端役ながら、非常に存在感のある少女を演じています。「曲芸師」という役柄でしたが、セリフが一切ないにもかかわらず、瞳に得体の知れないエネルギーがこもり、不思議な少女という存在を好演しているのが非常に印象的でした。
ナスターシャ・キンスキーは、この映画がデビュー作であるということですけれども、その後の活躍を考えたとき、また、この女優の理解を深めるためには、このまわり道を観るということはとても重要なことではないかと思います。

この映画全般について最後に申し上げると、こういった映画は、文学好きの青年をある種、堕落させる効果があると思います。堕落というのは、すなわち、文学を志す青年というのは、一般的な生活というものを忌避する傾向があって、ある種のアウトロー的な生き方に憧れるという性向を多かれ少なかれもっていると思います。

この映画では、文学というものが徹底的に擁護されており、作品の中にあったセリフ、「作家になろうと思ったら不安を抱えていなければならない」などという意味ありげなセリフに、文学好きな青年は心の避難所を得たような気持ちを抱いてしまうものなのです。

私が堕落という言葉を使ったのは、そういう意味です。文学をやっている限り、ほかの生活の一切はいくら放擲してもかまわない、そんなメッセージが特にこめられているような気がしました。

もちろん、この映画をどのように受け止めるのかは観る人の感性によるものでありますが、私自身は、若い頃この映画を観て、徹底的に自己の心の避難所としたものです。そうであるから、こういった映画の危険性というものは十分に承知しているつもりです。

そうであるにもかかわらず、このまわり道という映画は魅力がたっぷりと含まれた、真にすぐれた作品であると思いますし、青年を堕落させようがさせまいが、青年というものはこういった映画に惑溺するような、「空白の時間」というものが必要なのではないかとそんな気もするのです。
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パリ、テキサス

2007.06.26(23:07)
原題 Paris Texas
1984年 西ドイツ、フランス
製作 クリス・ジーヴァニッヒ
脚本 サム・シェパード
監督 ヴィム・ヴェンダース
撮影 ロビー・ミュラー
音楽 ライ・クーダー
主演 ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー


このパリ・テキサスという映画は、ヴィム・ヴェンダースの映画の中でおそらく最高の映画だと思います。

失踪した妻を、息子とともに捜しに出かける男の話です。圧巻は、クライマックスのシーンであって、妻を捜し当てた夫が、マジックミラー越しに妻に自分の気持ちを打ち明けるシーンなんですね。

これくらい切ない、また愛情というものをうまく描ききった映画におけるシーンは、ほかにはみられないのではないか?と思わせるほどのものでした。

ナスターシャ・キンスキーが、これまた実にいい演技をしています。

この映画におけるような役柄というのは、この女優にとっておそらくそれまでなかったことのように思われますが、実に大胆な冒険をしたものです。

役者というものが自分の殻を破って、新しい境地に挑戦するということは非常に勇気がいることだと思われますが、このナスターシャ・キンスキーのパリ・テキサスにおける演技は大成功だったのではないか、そんな風に思うのです。

ただ、映画の上映時間が146分とわりに長いものですから、途中、ちょっと退屈さを感じざるをえないなあというのが正直な感想でした。

しかし、妻を捜しあてた後の、夫と妻のマジックミラー越しの会話のシーンをみるだけでも、そのためだけにこの映画をみる価値は十分にあると思います。それだけ、このシーンというのは、この映画を盛り上げているからです。
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